※※※闘い
足元に、家々の明かりがまるで花畑のように見える。
はるか上空からまばゆい光の群れが降りてきた。
セクラムの統率する軍旗が翻っている。
おびただしい天馬の群れが軍隊の規模を物語っていた。
「おいおい。２人を相手に一軍全部を引っ張り出してきたのか？」
驚愕するよりあきれ返ったミカエルは、言いつつ佩刀していた剣を抜き放つ。
ガブリエルは無表情に軍隊を眺めていたが、抱きかかえていた少女を沙門に預けた。
「ガブリエル様…？」
当惑する沙門に、ガブリエルは厳しい目を向け命令した。
「ジュリアス、お前に命を出す。桜殿を無事輪廻の渦に送り届けよ」
「しかし…！」
いくら執行官とはいえ、２人で一軍を相手にするなど無謀すぎる。泣きそうな顔で主を見上げる少年に、ガブリエルは苦笑を向けた。
「…お前にしか頼めぬ。解るな？」
必死に涙をこらえて、震える声で「はい」と返事した少年に満足そうに頷き、幼女へと目を移す。
「桜、そなたはこのジュリアスにしっかりつかまって、目を閉じていなさい」
「…ガブリエル様、また会えますか？」
小首をかしげて問う少女にガブリエルは頷いた。
「必ず」
少女は花がほころぶような笑顔を天使に向けた。
「約束ね」
「約束しよう。…沙門、行け！」
「はいっ！」
身を翻す寸前、主の剣がスラリと抜かれるのが目に映った。
いつもは抑えられている力が解き放たれる。
２人の執行官が放つ光は、軍隊の全部をもってしてもとうてい及ばぬほどに強く、まばゆかった。
その凄まじい圧倒的な力を目にして、軍隊に動揺が走った。
ミカエルが鼻先で嗤う。
「腐った上官には腐った部下しかつかんようだな！」
「………」
ガブリエルは無言だったが、翼を広げたのが合図になった。
二つの彗星が軍隊へと突っ込んで行った。
沙門は主から預かった少女をしっかりと抱いて、歯を食いしばり飛んだ。
桜はガブリエルの言いつけどおりに目を閉じ、沙門にしがみついている。
上空に銀河のような渦が見えた。
（輪廻の渦！）
ほっとしたのもつかの間、軍の一部が渦の入り口の前に立ちはだかっていた。
「………」
沙門の背に冷たい汗が流れた。
「ガブリエル執行官補佐ジュリアス殿。その方を我々にお引渡し下さい」
指揮官らしき天使が居丈高に言った。
「…何ゆえに」
前方を睨み据えたまま沙門が問う。
「その方はケルビム監視様の補佐官となるべき方ですぞ。我らはセクラム執行官の命によりお迎えに参ったのだ。ガブリエル執行官は素晴らしい人材をまたお隠しになるおつもりだったのか。かの聖女アリアを地上に貶めたのもガブリエル様であるとか。ジュリアス殿もお気の毒にございますな。そんな半端な方におつかえせねばならぬとは」
指揮官は、あきらかに余計なことまで喋った。
沙門の頭の隅で、確かに、何かが、外れる音がした。
少年の目が爛々と光りだし、しかし口元はニッコリと笑みを形作った。
なまじ、かわいらしい顔立ちだけに、こんな表情をすると不気味さを醸し出す。
「指揮官殿は面白いことを仰いますな。さて、問題です。その素晴らしい人材をただの人形に貶めるのは、どこのどなたでしょうか？」
「なに？」
怪訝な顔をした指揮官に気の毒そうな笑みをむけ、滔々と喋りだした。
「おや、ご存知ない？では教えてさしあげよう。監視役補佐官の任命の儀式とは、そのひとの生きてきた記憶も感情も奪い去り、ただの操り人形にすることです。一体、素晴らしい人材のどこが必要とされておりますのやら、一介の補佐官であるわたくしには皆目見当もつきませんが？操り人形ならば誰がなったとて同じことでございましょう？何も、この混沌とした地上で立派に生きていける人材を城へ連れ去らずともよいはずですが。それに、人はなにも地上だけにいるのではありません。城下の人々の中にも、城へ上がりたいと願う奇特な者はいるものでございますし。そのあたりのことは指揮官殿はどうお考えか？」
どうお考えかとか聞かれても、彼には何の応えも出せなかった。そんな疑問さえも抱いて生きてきてはいなかったのだから。
それは指揮官だけにとどまらず、そこに居並ぶ兵たちもそうだった。
唖然として目の前の少年補佐官を見ていた。
「ああ、そうそう！もう一つ、大事なことがありましたね。なんぴとも、いずれの世界の魂であろうとも、その自由を奪う権利は無いと、代理人の書にもきっちりと謳われております。そのことは、先刻ご承知とは存じますが？それに反してもこの方を城へお連れするとは如何なる理由あってのことでしょうか、お聞かせ下さい。正当な理由であれば、わたくし取って返し、ガブリエル執行官に申し伝え、正式にこの方を城へお迎えすることにいたします。そもそも、この方はガブリエル執行官の既知のお方。そのガブリエル執行官に、ケルビム監視よりの重大な決定事項の詳細が伝えられぬままとは、セクラム執行官は如何にお考えなのか？なおかつ、正式なお使者ではなく、一個大隊をもってして、単身の我が主とセラヒム監視筆頭補佐官であるミカエル様にあろうことか武力攻撃を加え、そのような所業の一方で『お迎え』など仰るとはどういうことでございましょうか？事と次第によってはお役目の怠慢、いやさ、大いなる存在への逆心と受け取られても致し方ないことと思われますが？」
代理人の書云々は、正確には沙門の法螺である。主の言葉を聞きかじっただけだ。一介の執行官補佐が代理人の書など開けるはずもないが、今の状況では言ったもの勝ちである。
そして、ケルビムとセクラムの間で交わされた話など、沙門は知らない。同時に兵士たちも知らなかったのだ。
案の定、兵たちにはっきりと動揺が見えた。
しかも立て板に水のような沙門の言葉に、兵たちはすでについていけてない。
所々の恐ろしい単語だけが頭にこびりついていた。
指揮官は口をぱくぱくさせている。
「指揮官殿、お応えを。わたくしもこのような身なれど、ガブリエル執行官より正式なご命令を受けております。納得のいかぬ事由ではあなた方の要求を飲むことはできかねます」
沙門は追求の手を緩めなかった。
「あ――、う、いや…」
「応えられぬなら、そこをどきなさい！」
とどめとばかりに沙門は一喝した。
小さな体が倍に膨れ上がったように見えた。
気圧され言葉も無い兵たちは、度肝を抜かれて左右に分かれ、輪廻の入り口を開けた。沙門は桜をしっかりと抱いて、背筋を伸ばし、まっすぐ入り口に向かった。
内心、恐怖で冷や汗の滝だったが、面には出さない。出せば命は無い。
居並ぶ天馬の間を抜け、堂々と進んでいく。
巨大な輪廻の渦が目の前に広がった。まさに、銀河そのものであった。
「さあ、桜様、着きました。ここが入り口です」
「はい」
桜が沙門の腕から離れようとしたときだった。
「何をボサッと見ている！」
「逃がすか！」
駆けつけたセクラムの援軍から矢が放たれた。
二つの彗星は突っ込んできたと同時に、天馬もろとも軍隊の３分の１を薙ぎ払った。
相手にもなりはしない。力が違いすぎるのだ。彼らは執行幹部の執行幹部たる所以を嫌というほど思い知らされていた。
「お前はセクラムと片をつけて来い」
ミカエルが剣を振りながら叫ぶ。その一振りに敵兵が束で薙ぎ倒された。
「………」
頷いたガブリエルは剣を鞘に戻した。
軍隊の中ほどにいるセクラムに向かって、軍馬の密集する中に足を向けた。
好機とばかりに剣を振り上げた敵兵を一睨みで硬直させる。
「………」
ガブリエルは無表情のまま、悠々と進み始めた。セクラムの兵たちは金縛りになったように動けなかった。誰も、彼を纏う凄まじい光には一歩たりとも近づくことはできなかった。兵たちはガブリエルの歩みにつれて左右へ後退さっていく。
その様子を横目に見て、ミカエルはぼそりと呟いた。
「触らぬカミに祟りなし、だ」
そしてまた敵兵が束で吹っ飛んだ。
「お前たち、何をしている！ケルビム様の命に背く奴だ！ひっ捕らえろ！」
セクラムが金切り声で叫んだ。それに何とか応えようとする健気な者もいたが、とうてい無理な話だ。動きたくとも動けないのだ。
「兵に命令する前に、貴様がひっ捕らえてみたらどうだ？だいたい、大人数でなら俺を捕らえられるとでも思ったのか？」
ガブリエルは嘲笑を含んだ、寒気のするような声音でセクラムに言った。
セクラムは顔を真っ赤にして怒鳴り返した。
「黙れ！お前がすぐにあの女を連れてこないから私が出てきたのだ！ケルビム様のご寵愛がその女に移るのが我慢ならんのだろう？たかが地上の人間一人が輪廻に戻らずとも地上は痛くも痒くもないわ！アリアとて、そんな穢れた地へ転生などするよりケルビム様の補佐でいたほうが、よほど魂は救われておったものを！」
「魂が救われるだと…？」
今度こそ、ガブリエルから凍りつくような冷気が吐き出された。
「げ、最悪だ…」
ミカエルの呟きは、しかし誰の耳にも届いていなかった。
ガブリエルの怒りを目の当たりにした兵たちは硬直したまま、その恐ろしくも美しい姿に釘付けなっていた。
彼の燐光は白光を通り越して、蒼白くきらきらとした輝きを発し始めていた。それは視覚的なものだけではなかった。
空気中の水分がガブリエルの放つ冷気によって凍り始めたのだ。ダイヤモンドダスト現象である。
「いい方法がある。貴様が監視役補佐官になれ。それが一番早い。あの補佐官任命の儀式をきっちり受けてな」
「……っ」
セクラムの相貌が引きゆがむ。それを見てガブリエルの瞳がいっそう冷たく輝いた。
「成る程。貴様でもアレを受けるのは嫌なのか」
漂う氷霧が生あるもののように、切っ先鋭く変貌を始め、ゆらりとセクラムに向かった。
「それと、一つ訂正してもらおうか。俺は監視役の寵愛などいらん」
ガブリエルが冷笑しながら彼に近づいてゆく。ダイヤモンドダストは今やセクラムを取り巻き、微小な刃となって彼のむき出しの皮膚に無数の傷をつけ始めていた。
「……ひっ……」
セクラムは真っ青になり、がたがた震え始めた。
それが恐怖によるものか冷気によるものか、本人にはわかってはいなかったが。
「よっ…寄るな…っ！」
セクラムは恐怖を振り払おうとするように、闇雲に手を振り回す。ために、氷霧は彼の腕に更に傷をつけていった。
「…暴れると余計に傷が増えるぞ、セクラム」
凍えた声音で忠告してやり、再び、ガブリエルは剣を抜き放つ。
その時、爆音とともに３つの星が落ちてきた。
衝撃でそのあたり一体に爆風が走った。
「わあっ！」
「な、なんだ！」
まるで呪縛が解かれたように兵たちは叫び、同時に吹っ飛ばされていく。
「―――っ！？」
ガブリエルの黒髪が爆風にあおられて宙を泳いだ。
その風が収まると足元に黒い翼の天使が跪いていた。
「ガブリエル様、どうか、それまでに」
「……お前…」
黒い天使はゆっくりと立ち上がると、にっこりと笑った。どこからか大きな猛禽が飛んできて彼の肩に収まった。
「矮小なものにお手を汚してはなりません」
目を転じると、蒼い天使がセクラムを取り押さえ、ミカエルの傍らに金の天使が降り立っていた。
「ちょっと出遅れてしまいましたね」
申し訳ございませんと黒い天使は頭を下げた。
「やめろ！」
入り口を固めていた指揮官が思わず叫んだと同時、キン！という甲高い音がして矢が払われた。
「あっ！」
「なんだお前たちは！」
「何者だっ？」
援軍に駆けつけた隊から、誰何の声と同時に激しく打ち合う音が響きわたった。
兵たちに更なる動揺が走り、ざっと、後退した。
背後で起こった出来事に、振り向きそうになった沙門へ叱咤の声が飛んだ。
「桜様を早く渦に戻せ！」
「は、はい！」
沙門は小鳥を空へ放すように幼女を渦へ解き放った。
「―――」
空中を流れるように進む幼女を迎え入れるため、巨大な光の渦はゆっくりと回転している。
それは、あらゆるものの起源の渦だった。その星の光、一つ一つがあらゆる魂であり、あらゆる個性の輝きなのだ。
命あるものすべてが、一つの生涯を終えるたびに必ず戻ってくる場所。
城国の人々にしてもその理は決して覆せない。
桜を見送る沙門はもとより、そしてそれを目撃することになったセクラムの兵たちは、否が応にも悟らざるを得なかった。
その輝く銀河に還る寸前、桜は振り返り、沙門に微笑んだ。
「桜様…」
少年の声が聞こえたかどうか…。瞬間、桜は光の中に消えた。
入り口付近の兵たちは声も出せぬまま、その光景に見とれていたが、はっと我に返ったとたんに胸に迫ったのは上官への忠誠ではなく、大いなる存在への畏怖の念だった。
「ああああ…っ！」
一人があえぐように叫び、隊列から飛び出した。
それが合図となって、なだれのように陣列が崩れだした。
指揮官は、もはや止めることさえ放棄し、ただ、呆然と天馬にまたがっているだけだった。
「沙門、ご苦労だったな」
声をかけられ、振り返った沙門はぽかんとした。
銀色の美丈夫が少年に笑いかけている。その男は上から下まで白銀色だった。
白銀の髪、白磁の美貌に銀の瞳、白銀の翼、白銀の鎧。右手には銀の錫杖が握られている。背丈は主と同じくらいだろうか。しかし、鍛え上げられた体躯は鎧をつけていても隠しようがない。
見たこともない天使だった。
「あの、助けていただきありがとうございます。えと、どなたでしょうか？」
「どなたって、お前…」
男が呆れて言いかけた時、
「くぉら！ナリ！まったりしてないで早く沙門をガブリエル様のもとへ連れて行け！」
怒声を吐きつつ、これまた上から下まで真紅の男は二刀をふるって敵を跳ね飛ばした。
そのすぐ近くでは紫の大男が長剣をふるっている。
この２人が得物を振るうたびに、敵が束になって冗談のように跳ね飛ばされる。
見れば、周りはすでに大混乱に陥っていた。セクラムの援軍は、飛び込んできた謎の天使に立ち向かう一方で、逃走を始めた自軍の兵の収拾にも戦力を割かなければならなくなっていた。
「おお、すまん。よし、沙門、行くぞ」
銀の男がひょいと少年を担ぎ上げ、混戦のど真ん中から真上へ飛び立った。
あまりのスピードに目を回しそうになりつつも、どうしても気になることを訊く。
「ガ、ガブリエル様はご無事なのですか！？」
「無論だ。怒れるあの方を抑えることができる奴などそうはおらんさ」
「よかった…」
ほっとして涙が落ちた。そして、はた、と気づく。
「…先ほど、〝ナリ〟と呼ばれてましたが？」
「おうよ。那梨だとも。」
しばらくの沈黙のあと、男の肩の上で沙門は盛大な絶叫を放った。
「…お前なあ、ひとの頭の上でデカイ声だすんじゃないよ」
「だ、だ、だって、その姿は…？」
「ああ、お前は知らなかったのか。俺たちは罰則を被ってあの姿に変えられてたのさ」
「ば、罰則って…？」
「知りたいのか？」
悪戯っぽく聞かれて、沙門はちょっと考え、きっぱりと言った。
「イイエ。結構です」
世の中には知らなくてもいいことが山ほどあるのだ。
男は豪快に笑って沙門の背中をポンポンと叩いた。
東の空が白々と明けてきた。
敗走する兵たちを悠然と見送る影が５つ見える。
中でもひときわ輝く光を見出した沙門は、銀の男の手から飛び出した。
「ガブリエル様っ！」
主が振り向いて笑った。
子犬のように飛びついてきた少年を抱きとめ、労ってやる。
「沙門、ご苦労だったな。桜は無事に輪廻の中に戻ったか？」
「はい。最後に微笑んで下さいました」
「そうか。よくやってくれた」
主の言葉に嬉しそうに笑った沙門は、あらためてまじまじと彼を見つめた。
「ん？」
「ガブリエル様、お怪我は…？」
「ない」
「沙門、私には何もないのか」
拗ねたように横から口をはさんだのはミカエルだった。
「あ。ミカエル様もご無事でなによりです」
「…差別だ」
ますます拗ねたようなミカエルの口調に３人の男たちが失笑した。
この男たちも、銀の男同様、上から下まで一色で統一されていた。
黒、金、蒼の天使もそれぞれ得物を引っ提げている。ただ、黒い天使の肩には大きな猛禽がとまっており、のんびりと毛づくろいをしていた。誰がだれやら沙門にはわからなかったが、同僚の６人であることは間違いなさそうだった。
「お、アリとトナリが戻ってきたぞ」
「よしっ、じゃ、戻るか」
蒼の天使が威勢良く声をかける。
「手間をかけたな」
ガブリエルは苦笑とともに部下に言った。
「なんの」
「ガブリエル様もお早いお戻りを」
「では、我々は一足先に」
言うや、５人は沙門がよく知るチビ天使に化けるとパタパタと飛び立ちはじめる。
「白々しいやつらだな。それで戻るつもりか」
呆れたように言ったガブリエルに５人は笑う。
「この姿も使いようによっては都合がよいのです」
「城のアホどもがこの姿に惑わされていてくれるほうが良いのですよ」
恐ろしく大胆なことを言ってのけた彼らは、楽しげに舞い上がる。
最後に、黒の天使がガブリエルと沙門に微笑んで、つと手を差し出した。
「ガブリエル様、書棚に余計なものが混じりこんでおりました。これはわたくしが処分してもよろしいでしょうか？」
彼の手にあるそれを見て、ガブリエルは苦笑し、そして頷いた。
「頼む」
途端、ガブリエルの目の前でボロボロの冊子が勢いよく燃え上がり、灰燼となって風に散った。
晴れやかに笑った黒い天使は肩の猛禽に声をかけた。
「さ。チュン太、戻ろうか」
「……っ？」
黒い天使はチビ天使に、大きな猛禽はガブリエルが拾ってきた雀へと変身した。
これには沙門もあっけにとられた。
仲間たちを追いかけながら、クナビは主を振り返る。
「ガブリエル様、なかなか楽しゅうございました。お早いお戻りをお待ちしております」
ガブリエルは手を上げて部下を見送った。
しばらくして、チビ天使と入れ違いになるように、使者が近づいてきた。
ミカエルの前で丁重に頭を下げる。
「執行官ミカエル様、セラヒム監視よりの宣旨をお伝えいたします。此度の地上での任務を終了し、
疾くお戻り下さるようにとのことです」
「承った」
使者は再び深く頭を垂れ、また城へと戻って行った。
「――ってなわけで、私も戻るとしよう」
「ああ。世話になった」
「……それはセラヒム監視に申し上げるんだな」
肩をすくめたミカエルは、飛び立とうとしてふと沙門に目を向ける。
「…お前、戻ったらまたあの姿なのか？」
「？ はい」
不思議そうに首を傾げた沙門に、ミカエルは嘆かわしいというように首を振った。
「もったいない」
「は？」
「ミカエル、もういいから早く、か・え・れ。」
シッシッと手で払われて、ミカエルは「ちぇ」と呟くと翼を広げた。
「戻ったら一度セラヒム監視に挨拶に来いよ」
「ああ。手土産でも持っていくとしよう」
ガブリエルは同僚を見送った後、足元へ目を向けた。
そろそろ地上は眠りから覚める時間になっていた。
