※※※エピローグ
刀自の葬儀を終え、ガブリエルたちは離れから出ることになった。
城へ戻るため、ガブリエルは学校側には世話をしている子供（沙門のことだ）を国に連れて帰らなくてはならなくなったという理由をつけて退職願いを出した。
臨時教諭の最後の日。
「先生！」
女生徒の声に振り返ったガブリエルは、見知った人物をみとめて微笑んだ。
「アタシの引越しより急だったね、先生」
「ははは。そうだな。柿崎は明日出発か。そういえば、例のカレはどうした？」
「えっ！…言ったよ。玉砕したけどね」
「そうか」
「でも、スッキリした。先生の言うとーりだった。北海道で、もっとイイ男見つけるんだ」
きゃははと笑った少女の頭をぽんぽんと叩いて「元気でな」と笑った。
「先生もね！」
大きく手を振る少女にもう一度笑って、ガブリエルは学校を後にした。
ガブリエルの帰城とともに、今回の騒ぎが大きく取り沙汰された。
単身のガブリエルと、セラヒム監視の命で地上に来ていたミカエル執行官に一個大隊を差し向け、武力行使という暴挙に出たセクラム執行官は監視役会議によって幹部役職を剥奪。終身禁固刑となった。
そして、ケルビム監視とセクラム執行官の約定が発覚し、ケルビム監視の言動の洗い出しが行われた。その間、ケルビムの下にあった執行幹部以下の者たちは、それぞれの監視役が手分けして監視することとなった。―――これも監視役の会議で決定したことだった。
同時にガブリエルも、独断で行動し、余計な騒ぎを起こしたとして１ヶ月の謹慎処分を受けた。
しかし、乱入してきた謎の６人については、一切触れられなかった。ただ、セクラム軍に従属していた兵たちの間でだけ、恐るべき存在として囁かれるようになっただけであった。
雀がパタパタと頭上を通り過ぎる。
彼はいつもの場所にちょんと止まると、眼下の騒ぎを覗き込んだ。
膨大な蔵書をかかえた広い執務室ではチビ天使がわいわい騒いでいる。
「ちょっと〜！待ってよ、ここの文このまんまだと誤解されちゃうよ」
「ん？そこのはいい例題があっちの本にあったはず…」
「クナビ、あっちに行くならここの本も持ってって」
「はいはい」
言うや、チビ天使は黒い天使に変身して本を数冊抱えると書棚の林に入っていった。
ソファには真紅の天使が分厚い本を片手に書類と格闘していた。
――天使が大小とり混ぜての、なんとも可笑しな風景であったが、それも慣れつつある。
「皆さん、お茶になさいませんか？」
奥から茶盆を持った少年が現れた。沙門である。彼も時々にあわせてチビ天使になったり、少年の姿になったりする。
「おお、そうだな」
「もらおう」
カップに手を伸ばしかけたとき、勢いよく扉が開かれた。
「ガブリエル、いるか？」
ド派手な金髪のミカエル執行官が同僚を呼ばわった。
まあ、だいたい、ノックもせずに入ってくるのはこのひとくらいのものである。
７人の目とミカエルの目が合った時、真紅の天使はすかさず沙門を背に隠し、書棚から戻った黒い天使はにこやかに笑いながらさりげなくミカエルの前に立ちはだかった。
６人の中では黒い天使は一番ほっそりと優しげに見えたが、ミカエルと並ぶとやはり戦士なのだと納得する。
こんな美丈夫に目の前に立たれれば、誰でも思わず一歩下がってしまう。
「これはこれはミカエル様。お疲れ様でございます。主はただいま地上へ降りております」
「またか？…ところで今、ティータイムか？」
「はい。よろしければご一緒にいかがですか？ちょうど一服しようとしていたところです」
クナビがすいと体をよけたときには、沙門はすでにチビ天使に変身していた。
「…沙門、なぜ変身するのだ」
不服そうなミカエルに、沙門はにっこり笑った。
「あの姿はミカエル様の御公務に差し支えるゆえ、御前にはさらしてはならぬと、主から厳しく言い付かっております」
「ぬう、ガブリエルめえ…」
憮然としながら呟いたものの、ミカエルはソファにちゃっかり座り込んだ。
そして、お茶を注いでくれたチビ天使をちょいと捕まえると怪訝そうに訊いた。
「沙門、解散になったセクラム軍の兵士がな、お前の指揮下に入りたいと言ってきてるんだが、何故だ？」
「は？」
「え？」
その場の視線が沙門に集中した。
「…」
沙門はにっこり笑って首を傾げてみせた。
桜が盛りをむかえ、枝いっぱいに花をつけている。
足元を小さな男の子がはしゃぎながら走っていった。背中のランドセルに黄色いカバーがかかっているところを見ると１年生になったばかりのようだ。下手すれば、ランドセルの重みで後ろへひっくり返るのではないかと心配になる。
毎年この桜が咲くことの幸せに気づいている者が、はたしてどのくらいいるものか。
混沌としたこの世界は悲しい出来事も多い。
それでも、彼はこの地上が好きだった。
枝に腰掛けて遠くを透かし見れば、空は春霞にぼんやりとして、山にも春の色がところどころ刷けられている。
「天使さま、何してるの？」
下から可愛らしい声がした。
「………」
見下ろせば、黄色いカバーのランドセルをしょった少女がこちらを見上げている。
彼は、ふ、と笑みを洩らした。
「俺を見つけるのは、いつも貴女のようだな」
呟いて、黒髪の天使は少女の前に舞い降りた。
完
