※※※エピローグ１



　「なぜ、トイおじさんはこんなことを……」
　エリスの言葉に、ランディの苦笑が深まった。
「お前を護るためだよ」
「……え？」
「……父さんと私が所属していた組織から、お前を護るためだ」
　エリスは小首を傾げる。
　ランディはどこから、そしてどこまで話すべきなのか、少しばかり思案した。
「……トイは、その組織の実態を知っていた。それは彼が裏の人間であればこそだ……彼は私に忠告したよ。組織に入るのはやめておけ、って。実は父さんにも同じことを言われた……それをきかなかったのは私だ。……だから、君を危険な目に合わせたのは、私のせいでもあるんだ……すまなかったね」
「兄さん……」
　エリスはトイの言葉を思い出す。
　たぶんこれで自分と兄の逃避行は終わるはずだと言った、その言葉を――
「……兄さんと父さんが所属してた組織って【医学会】っていうんでしょ……？　それって、私の異能を狙ってたってこと……？」
　エリスの問いに、ランディは応えなかった。その代わり、こんなことを言った。　
「……トイがうちに出入りし始めたころ……当時、トイは片言で私たちと話していたんだけど、何故か君だけは彼と意思疎通ができたみたいでね……言葉として会話はなりたっていないはずなのに、君ときたら、トイがこう言ったああ言ったって……」
「……そうなの……？」
「君は小さいころから不思議な事を言う子でね……覚えてないかな？　三つか四つくらいだったか……空にたくさんのドラゴンが飛んでるって大騒ぎしたこともあったんだよ」
　父は彼女のそういう能力がそれ以上外へ出ないように、厳しく厳しく叱りつけ、抑えつけていったのだ。
　彼女が【医学会】の餌食にされぬように――。
「……そのうち君はそういう【力】を忘れていってしまったのだけど……私は、それがちょっと寂しかったけれどね……」
　ランディはぽつりと、そう呟いた。





※※※エピローグ２



　「……だりゅーん　ノ　コエ　ガ　キコエナイ……。シャラマンドゥーラ　ノ　ヒカリ　モ　ナイ……」
「ダリューンはこの惑星にはいないよ、ピキ」
　【鳥】は、宇宙船から出ようとはせず、開け放たれた格納庫の扉から故郷を眺めていたが、じりじりと後退るとおもむろに振り向いた。
　そして、まるでかしずくようにしずしずと座ると、長い首を垂れて言った。
「シャラマンドゥーラ　ノ　ミコ。ぴき　ヲ　シャラマンドゥーラ　ノ　モトヘ　オイテ　クダサイ」

　政府病院研究棟地下から脱出した巨大な鳥――フェニクランドル――の処遇を任されたのはブライトナーであった。
　この珍しい鳥がテレパシーを使うことは、例の少年少女たちとブライトナー家の執事（無論、そのことは総帥であるシヴァーンも承知しているところであるが）ぐらいのもの――うっかり動物園にでも放り込もうものなら、またぞろ実験材料にされかねぬ、というわけで、ブライトナーの宇宙船でフェニクランドルが棲息する惑星へやってきたわけである。
　だが。
　当のフェニクランドルが帰郷を拒み城へ置いてほしいという……。
　千早は困惑した。ペンタスの城は人が住むには広大とはいえ、この鳥にすれば狭い箱庭のようなものだろう。のびのび羽を伸ばすことは難しいのではないか……？
　その思念を読み取ったか、【鳥】は少し首をもたげ、ぱちりと瞬いた。
「ミコ。ワタシ　ハ　トブコトハ　デキナイ。……ミコ　ノ　ソバニイルト　オナカ　モ　スカナイ」
「なんだって？」
　ますます怪訝そうな顔をした千早の後ろから、それまで黙って様子を見ていたモールヴァルフが口を開いた。
「千早。それは霊鳥の類のものだ。この惑星には、これの仲間はいない……ずいぶん前に絶滅してしまってる。その最後の生き残りを生け捕りしたのか、卵を孵したのかはわからないけれど」
　この子だけなのか、との千早の問いに、彼は頷く。
「それは泉から出てくる帝の『気』のみで満たされる。庭をほじくり返して荒らすことはないと思う」
　そこで彼は言葉をいったん切ると、秀麗な相貌をしかめる。
「……ただ、これが城にいれば、子供が頻繁に通ってくることが気に入らない。私としては。……どうでもいいが、あの子供は本当に政治家の子供なのか？　破壊的なセンスだな。霊鳥の名前にピキとは冗談としか思えない」
　つけつけと言った現竜王の皇子の言葉に、千早は思わず吹き出した。
「そう言うなよ。この子は気に入ってるみたいだよ？　まあ、あの子達が尋ねてくることに関しては、お前にはちょっと我慢してもらわないとね。面会場所はお前が決めるといいよ。お前のストレスがあまり溜まらない場所でね……いいだろう。ピキ、城においで」
　千早の言に、【鳥】は嬉しそうに羽を振るわせ、アリガトウ　嬉シイ　と、何度も呟いたのだった。