六色天使〜なれそめ編〜
―――反乱天使 挿話 １―――
天空に浮かぶ大陸のど真ん中に屹立する白銀の城。そこには不可思議の力を持った翼ある人々が住まう。無論、大陸には山脈も、樹海も湖や川もあり、そこで生活する人々は街や村を造り、それぞれに生きていた。
先だって、城国の政を司るガブリエル執行官の補佐ローティスが、アクラ騎士団団長・総帥に任命された。これをもってガブリエル執行官は軍を引退し、監視役ケルビムの執行官を専任として政の中枢を担っていくことになった。
――無論、これには激しい反発があった。最も過激に監視役会議に怒鳴り込んで来たのが誰あろう、ローティス補佐官である。暴動にまで発展しそうになった折、ガブリエルの一声で軍人たちの口はピタリと閉ざされた。
これらの人々とガブリエルを近くに置いていたのでは危険だと判断したケルビムは、ローティス以下アクラ騎士団を大陸最北端の次元国境警備にあたらせ、天空城から追いやった。当然、これにも激しい反発が上がりかけたが、何故か出発直前、城国一の精鋭騎士団はケルビムが気味悪がるほど従順に北上して行った。
「ガブリエル」
バルコニーからその一団を見送っていたガブリエルの背に軽やかな少年の声が掛かる。
金髪の主従、ミカエル執行官とその上司、セラヒム監視が立っていた。
「お前、あいつらに何を吹き込んだんだ？」
ミカエルが胡乱そうに訊くのへ、彼は軽く笑い、「別に」と言っただけだった。
「ふふ。北の次元国境は要衝だからね。キミのことだから、二つや三つの抜け道くらいは知ってそうだけど？」
くすくす笑うセラヒムの言にも、黒髪の天使は微笑っただけだ。
「でね、ガブリエル。キミの補佐官、６人候補があがってるんだけどね」
「６人？」
「そう。色とりどりの、やんちゃ小僧たちだよ。おいたが過ぎて、ケルビムに捕捉されたらしいね」
意味ありげに笑うセラヒムから、傍らに立つミカエルに視線を移す。
「実はな…」
大陸中央部…つまり、天空城から離れるにつれ、ここのところ人間の世界はいざこざが絶えず、常にどこかしこで騒ぎが起こっていた。
あるキャラバンが山脈の入口で賊に襲われかけた。そのとき、天空から５人の天使が舞い降り、その不可思議な力で賊を蹴散らしたという。
５人は紅、蒼、金、銀、紫の翼ある者たちだった。
その噂はたちまち大陸全土に流れ、並行してあちこちで天使出現の情報が飛び交った。
それは天空城のケルビムの耳に入り、人間界への過剰な介入は不当であり不軌であるとして、執行官の一人セクラムを派遣して捕捉するよう命を出した。
セクラム執行官は数日後、６人の有色翼人を捕らえ凱旋のごとく、揚々と帰ってきた。
彼が６人を捕らえたのは、大陸の南に位置する樹海のほとりだった。
大キャラバンを組んだ一団を包囲した賊が、今にも襲い掛かろうとした時だった。５人の天使が舞い降りて爆風を起こし、閃光を放って賊を追い散らそうとした。
だが、数十人で構成されるキャラバンを包囲するほどの数だ。天使らの威嚇を掻い潜り手近な馬車に襲い掛かる。女と子供の悲鳴が上がった。
賊に追い回され、逃げ場を失った女は子供を庇うように抱きしめる。
女の目前に迫った凶刃は、しかし、真上から降ってきた黒い輝きに遮られた。瞬間、獣のような叫び声が上がり、ドサリと地に落ちる音がした。
目に映ったのは漆黒に輝く翼。
「黒い天使さまだ…」
腕の中で子供が呟く。その声に振り向いた金褐色の美貌が、やわらかく微笑んだ。
樹海から凄まじい鬨の声が聞こえ、怒涛のごとく押し寄せたのは刺青の戦士たち。
采配を振るのは樹海の銀の王。
ふいに黒天使の目が厳しい光を宿し、ある方向に向けられる。
大陸の中央に屹立する白銀の城から、こちらへ向かってくる騎馬の群れが見えた。
「黒い天使だと…？」
呟くガブリエルに、対する主従は深く頷いた。
「…名は？」
「自分で訊いてみろ」
彼を促すように、金の髪が翻った。
天空城の最上階、ケルビムの執務室はいつもながら薄暗く、そのだだっぴろい部屋の隅に幽鬼のように補佐官たちが立っている。
だが、今日はその灰色の闇が６色に彩られていた。天空の光を我が身だけに浴びたケルビムに相対する６人の不届き者…セラヒムの言を借りれば「やんちゃ小僧達」は、
（ほう…！）
ガブリエルが感嘆するほどの偉丈夫揃いだった。
個々の色彩を陽炎のように立ち昇らせたその様は、一軍の将を並べたようでもあり、極彩色の花々のようでもあった。
その脇に貧相な男が立っている。
（…？セクラムか！……言っては何だが、どちらが連行されてきたのかわからん光景だな）
苦笑を飲み込み、ガブリエルは薄暗闇の中でも浮かび上がるような漆黒の輝きの脇を通り過ぎ、ケルビムの前に進み出た。
「御前を失礼します、監視。私の補佐官が決定したとのこと。ミカエル執行官より通達を受け、参上いたしました」
ケルビムは上座で顔をしかめ、ふん、と鼻を鳴らすと大仰に頷いた。
「ミカエル執行官より聞いておろうが、その者らは不軌の罪がある。よって、罰則の身と成した上での配属となる故、そう心得よ。更に、今後においてその者らのうち一人でも国を乱すような罪を犯した場合は、そなたの監督不行き届きと見做し主従共に厳重なる処罰が下されることを肝に銘じておくがよい」
「かしこまりました」
静かに一礼したガブリエルの後方、黒い翼が一瞬膨れ上がった。だが、その腕に小さな手が触れた。
「……」
一瞬、金の瞳がこちらを見上げ”黙っていろ”と伝えられる。
「じゃあ、ケルビム。会議で決定したとおりでいいね？」
切り揃えられたプラチナブロンドの少年が軽い調子で言いながら、進み出た。
「……結構です」
カエルがつぶれたような声音で、不機嫌丸出しのケルビムだったが、少年の方は毛ほども気にした様子はなく、
「これは罰則だよ、翼人としてのね。キミたちは過剰に人間に関わりすぎた。…よって、監視役会議顧問の権限をもって、然るべき時までキミたちの能力を封印する」
瞬間、薄暗い執務室がまばゆい光に包まれた。執務室に闇が戻ったとき、そこには６つの華はなく小さな天使が６人、ちょこんと立っていた。
これより、６人はアリ、ナリ、トナリ、アナロ、ナビ、クナビと呼び名をつけられガブリエル執行官補佐として活躍することになる。
了
