エリスたちはアレキサンダー・リバーらに護衛され、研究棟を出た。
「ダリューン……！」
軍人たちの中から声がし、テイル議員が駆け寄ってくる。
「親父……」
ダリューンは久々に見る父親の顔に憔悴が浮かんでいるのを見てとった。
「……無事でよかった……」
「うん……ごめん。心配かけて」
「君たちにも礼を言うよ。ありがとう」
テイル議員はダグラスとエリスに向き直り、頭を下げた。
「いえ、俺たちは何も……。なあ、エリス？」
「うん。何もできなかったですから……」
ダグラスはエリスに同意を求め、彼女は複雑そうに笑った――何しろ、彼らが駆けつけた時には、ダリューンは巨鳥と既に脱出していたのだから。
ダリューンとダグラス、テイル議員が再会の喜びに笑っているのを一歩離れてみていたエリスに、オリヴィエがそっと声をかけた。
「ソールン様、少し、よろしいですか？」
「はい」
オリヴィエは他人の耳を憚るように、少し声を低める。
「……このたびの事件、わたくしはすべてつながっているのではないかと思っているのです。おそらく、先ほどの軍士官も、そのように理解しているはずです」
「……え」
「確証はございません。ですが、一貫性……同じ臭いとでも申しましょうか……ソールン様のお兄様の誘拐も含め、偶発的に起こったことではないと、感じるのです」
エリスはどう答えていいものかわからなかったが、この老執事が冗談を言っているようには思えなかった。
何故か、エリスの脳裏にはトイの姿がよぎる――その予感めいたものを確定づけるように、オリヴィエは続けた。
「わたくしとお嬢様を研究棟へ
「……っ！ トイおじさんが……」
小さなころから知っている男だが、チューナーという以外何も知らないことに、今更気が付いた。
「……オリヴィエさんは、今回のことをトイおじさんが仕組んだことだと……？」
不安げなエリスに、だが、オリヴィエは気休めを言うことはしなかった。
「かもしれません。そうでないかもしれません。……ただ、あのトイという男がどこまでこの事件にかかわっているにせよ、貴女のお兄様をいずこかへ連れ去ったのは、あの男ではないかと思うのです」
「もし……もし、そうだったら……」
「トイという男の目的はわかりませんが……ひょっとしたら、何らか連絡があるかもしれません」
トイの目的……？
エリスが思案の海に沈みこむ寸前、甲高い可愛らしい声が彼女を呼び戻した。
「おねーちゃまー！」
声のしたほうを見ると、軍人たちとは別の一団があった――巨大なランドカーの脇でウルフが金髪をなびかせてぴょんぴょん飛び跳ねている。
エリスはオリヴィエとともにウルフのもとへ走った。
そこで少女の隣にいる女性を見て仰天する。
「魔……っっ！！」
エリスは叫びだしそうになって慌てて口を手で塞いだ。
黒いブルゾンに黒いパンツといういでたちで、長い黒髪を無造作に後ろで束ねている姿は、街を歩いていたところでペンタスの魔女だとは誰も気づかないだろう。
「やあ、お嬢さん。無事で何よりだ」
魔女はにこりと笑ってエリスに手をあげた。
「シャラマンドゥーラ ノ 巫女……！」
いきなり上から降って来た『声』に、エリスは二度びっくりする。
いつの間にか巨鳥がエリスについて来ていたのだ。
「え、ちょっと、ピキ……？ それより、な、なぜ貴女がここに……？！ 外に出ても大丈夫なんですか？！ じゃなくて、お城へ戻ったんじゃ……」
エリスはどっちへどう驚いていいものか、あたふたと首を上と前に動かす。
魔女は、巨鳥よりさらに巨大なドラゴンを見慣れているせいなのか、たいして驚いていないようだった。
「少し落ち着いて。私だってたまには散歩くらいするさ。……ウルフを送る途中でこの子の保護者に会ったからね」
「保護者……？」
エリスを首を傾げれば、ウルフが補足というように魔女に言う。
「お姉ちゃまはおじさまとはお会いしてるけれど、
「そうなのか……。ところで、その大きな鳥はどこから？」
魔女の問いかけにエリスは首を振った。
「それが、よくわからないんですけど……ダリューンと一緒に研究棟に閉じ込められてたみたいで……」
「シャラマンドゥーラ ノ 巫女……。会エテ ウレシイ……」
ピキは人間たちの話は聞いていないようで、どこか陶然とした様子で魔女を凝視していた。
「私も会えてうれしいよ、大きな鳥さん。ところで、シャラマンドゥーラというのは、何のこと？」
魔女に話しかけられたのがうれしかったのか、ピキはそわそわしながら答えた。
「フェニクランドル ノ 神ノコト」
「フェニクランドル？」
魔女は問いかけるようにエリスに顔を向けるが、エリスは困惑して首を振るしかなかった。
「ダリューンなら、何か聞いてるかもしれませんけど、この子から……」
「フェニクランドル ハ ピキ ノ コト」
すかさずピキが自分でそう説明する――エリスにはいまひとつピンとこなかったのだが、魔女にはわかったようだった。
「ああ、なるほど。君たち『種族』のことか」
魔女の頷きにピキはさらに嬉しそうに羽を震わせた。
「エリス！」
ダグラスが呼びながら駆けてくる――そして、エリスと同様、魔女がいることに仰天したらしい。
「ちょっと、なんで……むぐっ」
「ダグラス！ しーっ！」
エリスは慌ててダグラスの口を手で塞いだ。
「なんだ、まったく君たちときたら……まあいい。ウルフは中へお入り。どさくさに紛れて不埒なことを考える輩もいないとは限らないからね」
魔女は仕方なさそうに肩をすくめ、少女をランドカーへ乗せる。ウルフは不服そうに頬を膨らませたが、何より魔女の言いつけだ。素直に中へ入っていった。
一方、ランドカーの中ではオリヴィエが陳謝の最中だった。
「……このわたくしの命をもって、如何様な処分もお受けいたします」
ウルフを制止できなかったこと、また独断でエリスとダグラスに同行したことなど……
シヴァーンが口を開く前に、中へ入って来たウルフが大慌てで割って入る。
「待って、
「…………」
シヴァーンはしばらく、必死の形相で自分を見つめる曾孫を見返した。
（……こいつはいつもそうだ……。昔から、ずっと……）
シヴァーンの脳裏には今のウルフではない、イトコとして存在していた『ウルフ』の姿があった――そして、何の因果か、あのウルフの執事もオリヴィエという名の元軍人だった。
「……ブライトナーの跡を継ぐつもりならば、己の力量を知らねばならない。己の行動が周囲に及ぼす影響、それらすべてを鑑みて行動できてこそ――お前のわがままで、例えばオリヴィエが命を落としたなら？ 例えばお前が不逞の輩にとらえられ、兄と友人を助けたいあの青年たちの行動を阻害させてしまうような結果になっていたなら？ そうなったとして、必ず私が行けるとは限らない。千早殿とてお前たちを救うために行動を起こせるとは限らない。そうなったとき、お前は一人でどうするつもりだった？」
厳しい曾祖父の言葉が幼い少女の胸に突き刺さる。
言葉が出てこず、助けを求めたい魔女の姿はない。
小さな手を握りしめ、打ちひしがれるウルフの隣に立ったのは、オリヴィエだった。
「旦那様、どうかもうそこまでに……。二度とこのようなことはいたしません。以後また無謀なことをなさろうとされたときには、わたくしもこの命をもってお嬢様をお止めいたします。……お嬢様も、よろしいですね？」
ウルフは涙でいっぱいになった目をオリヴィエに向け、頷き、曾祖父に向き直った。
「うん……ええ。わかりました」
千早は軽く腕を組んで、ランドカーのドア脇にもたれかかっていた。
「あの……ウルフちゃん、怒られてるのなら私も……」
エリスが心配そうに言うが、千早は首を振った。
「ウルフのことはシヴァに任せておいていい。……魔法使いという一族はね、なかなか一筋縄じゃいかない連中が多くてね。……今回はウルフにはいい勉強になったんじゃないかな。それに、オリヴィエが君たちについてくれたのは僥倖だったね」
「はい。いろいろと助けていただきました」
エリスの言葉に魔女は微かに笑い、頷いた。
サタナ軍基地の一角。
化学兵器開発部の若い技術者がデータチップをケースに仕舞い、ケース棚に保管していると奥のケースに違和感を感じて取り出した。
半透明のケースにきっちり並べられたデータチップの中に色の違うものが混ざっている。
「誰だよ、こんなの入れたのは……。いつのデータだよ？」
技術者はぶつくさ言いながらチップを端末に差し込む。
画面に映し出されたのはどこかの研究データのようだった。
第七星系惑星ゴルド 医学会研究資料１――
「……なんだこりゃ？ ブタかなんかの脳髄の解剖写真か？」
面白くもなさそうにデータを確認していると、上司から資料の転送を頼まれた。
彼は見ていたデータを閉じ、転送作業に移る。
そして
光の蟲は解き放たれた。
